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いつも新たな太陽を

日々の出来事を思いのままに綴っていきます

少子化の話と女性が子供を産む話

対象としている話題自体は特に難しい話では無い。
誰でも直感的に理解できるし、誰しも親では無くともではあるわけで。
どういう状態になれば「問題」とされている事柄が解消しているのかも分かっている。

人間が産む生まないの話以前に、生物としてオスとメスが必要で、ペア(2個体)が必要な訳だから、それらが2個体産んで数はとんとんなわけだ。だから難しい算数でも無く、3個体産むペアと1個体産むペアが同数で、4個体産むペアと1個体も産まないペアが同数で、これまた現状維持なわけだ。ペアの話は、別に本当のペアである必要は無く、一旦オスとメスが同数発現するという前提に立てば、機械的にペアと見立てて試算したと考えればよいだけの話である。

この話自体は、たぶん誰も否定しないし、だれも文句も言わないだろう。まぁ、ただの数字の遊びだし。

では何が難しいかというと、この話題に触れるときに、少しでも言葉を選び間違えるととんでもない事態に陥る危険があることである。いや、本当は危険は無いかもしれないが、少なくとも世の男性はその危険を感じている。

では、女性はどうなのかと? 聞いてみたい気もするが、それまた危険が危なくて聞くことができない。

  • はたして、このような状況で「問題」は解決できるのか?
  • 政治家が議論していて「問題」は解決するのか?

本来は、国民的な議論があって、なんとなく方向性が定まっているのが望ましいのだと思う。ただ、日本の国民性としては、あんまりそんなことは積極的には行わず、結局信用も信頼もしていないはずの政治家に任せるのだろう。

ここで、政治家の皆さんをはじめ、とくに人前で議論せざるを得ない人へ提案してみたい

どうでしょう、女性が子供を産む話をするのは一旦やめてみては?
カップルが子供をもうける(まぁ産むでもいいかな)という表現にしてみては。

保育所の問題も本質的にはお母さん(女性)と関係ないですよね... 
見つからないから、お父さんが会社に行けなくて、キャリアを断念的な「問題」でもあるべきで。

あんまり関係ないかなぁ...

別に社会派のブログでもなんでもないので、一旦この辺にしておいて、また機会があればもう少し書こうかな。